2018/3/6 名古屋ウィメンズマラソン展望<1>
3年前に名古屋で運命が交差した2人の復帰戦
前田は2年半ぶり、小原は2年ぶりのマラソン
名古屋ウィメンズマラソン(3月11日)の招待選手と、そのマラソン全成績をこちらに掲載した。一番の注目点は復帰戦の選手が多いことだが、そのなかでも前田彩里(ダイハツ)と小原怜(天満屋)の2人に注目したい。
出場日本人選手で唯一2時間22分台を持つのが前田彩里で、3年前の名古屋で出した記録である。
前田の初マラソンは佛教大4年時1月の大阪国際女子。佛教大では通常、大学で競技を終える選手が卒業記念的にマラソンに出場するのが慣例だった。それが前田は、大学4年時の夏に父親(本田技研熊本元監督の節夫さん)の「マラソンでオリンピックを走ってほしい」という希望もあり、大阪国際女子に市民ランナーの母親、淳子さんと一緒に出場。トップ集団にはつかなかったが、いきなり学生記録で走った。
そしてダイハツ入社1年目の名古屋ウィメンズで2時間22分48秒の快記録で日本人トップになり、その時点ではリオ五輪代表の最有力候補だった。
だが、その年の北京世界陸上は13位。すでに左足首に痛みが出ていた。
翌2016年3月に手術をして、レースに復帰したのが昨年9月。リハビリに時間をかけたことがよかったのか、昨年夏からしっかりした練習ができるようになり、10月のプリンセス駅伝、11月のクイーンズ駅伝と5区で連続区間賞。今大会で2年半ぶりのマラソン出場となる。
前田が父親と約束したとき、前田たち家族が出場をイメージしていたのは2020年東京だった。初マラソンの学生最高はともかく、名古屋での2時間22分台と世界陸上出場は、想定より早い好成績だった。もちろん、ここまでの3つのマラソンも有意義な取り組みであり、選手とスタッフは濃密な時間を過ごしてきただろう。だが言ってみれば、幸運で3大会を経験できたととらえることもできる。
オリンピックへ本当のスタートラインの2018年名古屋に、前田は経験というアドバンテージを持って立つ。
小原怜は2016年名古屋以来、2年ぶりのマラソンとなる。
2007年の世界ユース1500m、08年の世界ジュニア3000mの代表で、天満屋の武冨豊監督は小原の力みのない走りから、マラソンへの期待もかなり早い段階からかけてきた。だが、長い距離への取り組みや、地味なことを継続するのが苦手でなかなかマラソンに踏み切れなかった。
3年前(2015年)の名古屋ウィメンズでスタートラインに立ったが、15kmの給水で転倒。一緒に転倒した前田彩里は上述のように日本人トップとなったが、小原は119位に沈んだ。
その翌年(2016年)、前田はスタートラインに立てなかったが、小原は最後まで日本人トップ争いを展開して2時間23分20秒の好タイムで走りきった。マラソンでも走れる選手であることを証明したが、田中智美(第一生命グループ)に1秒差で敗れてリオ五輪代表を逃した。
そして1年前。小原は絶好調で12月の山陽女子ロード(ハーフ)と1月末の大阪ハーフに連続優勝。タイムは1時間10分04秒と1時間10分02秒。その間の全国都道府県対抗女子駅伝でも9区10kmで区間賞(31分45秒)。名古屋の日本人トップ候補筆頭に目されたが、左足第5中足骨の疲労骨折でスタートラインに立てなかった。
今年も全国都道府県対抗女子駅伝9区で連続区間賞(31分38秒)の快走演じている。1月は駅伝1本だけに出場を減らしたが、12月の山陽女子ロードは1時間09分26秒の5位だった。
前田は心拍数(30数回/分)など医科学データでも、能力の高さが示されている。小原は暑熱対策のデータが、トップ選手のなかでも高い数値を示しているという。マラソンの結果に直結するとは限らないが、2人とも潜在能力の高さを感じさせる。
3年ぶりの直接対決。2018年の名古屋では、2人の運命はどう交差をするのだろうか。
寺田的陸上競技WEBトップ
|